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さよならの死

冷たく光る太陽のようだ

love yourself

 

 

8月に入って、もうすぐお盆だ帰省シーズンだ今年の公共交通機関の混み具合は?とかいうことがワイドショーで流れ始める頃、わたしは生まれた。

 

今までの人生の中で誕生日が楽しかったのは小学校を上がるぐらいまで。

わたしが小学生の頃に、外に出て仕事を始めた母はこの時期ようやくひと段落つくから、とわたしよりも家の掃除を優先し、サービス業の父はこの時期はお盆に向けて自分の業務の準備に追われていて。

 

誕生日にほしいものをもらったことはあまりなく、

誕生日に夏風邪を引いた年は、掃除をしてる母親に延々とここが汚いここを片付けろと怒鳴られる地獄だったし、

この時期が来ると必然的に嫌なことをたくさん思い出してあまり心穏かではない。

 

妹が大きくなるとなおさらわたしの誕生日はケーキを食べるだけの会、みたいなものになり(実際暑いので、ご飯も何が食べたいか?そうめん。みたいな空気になるし)

 

なので、誕生日を盛大にお祝いしてもらえる人が羨ましかったりする。

 

小瀧くんの誕生日もおめでとうと言っておきながらも、その数時間後には、自分のハタチの誕生日に母親に「ハタチになったら自然と親離れしてくれるもんだと思ってた。産んだのは間違いだ」なんてわりと平然として言われてしまったことを思い出した。

メンヘラ真っ盛り!だった私はその日は普段より多めに睡眠薬を飲んで結局ハタチになんの思い入れもないままその日は終わり、そしてそれから数年経ってしまった。

 

大人になった。睡眠薬を飲まなくても寝付けるし、メンヘラ、なんて言葉で自分を小さな枠に入れたりしない。

自分一人の稼ぎでなんとか生きていけてる。

性格も前より明るくなった。

一人でできることも増えた。

ようやく人に頼ることも覚えた。

 

去年の誕生日、今の職場の人から「えっ!?誕生日なの!?おめでとう!」と缶コーヒをもらって、ようやくわたしは「誕生日=祝われること、嬉しいもの」という認識ができた。20年以上かかってしまった。

 

今年は誕生日の近い友達とお互いを祝う会を開くことになった。

 

私をお祝いできなかった母親は自分自身の母親(私から見ると祖母)に誕生日をお祝いされてなかったらしい。

父が昔勤めていた会社は今でいうブラック企業だったらしい。

 

辛いことの方が強烈に記憶に残る。

嬉しいことはふわふわしてる間に気づいたら消えて無くなったような錯覚に陥る。

 

死にたかったこともある。

だけど、もう少し生きていく。

 

日付が変われば、誕生日がやってくる。