さよならの死

冷たく光る太陽のようだ

ぜんぶうそぴょーん

 

 

本屋が好きである

特に都市に多い、大きくて、地下まで本で埋まっていて、どのフロアも天井が高くて、欲しい本を探すのに一苦労するような本屋が好きである

よく、本を好きな人は本の向こうの作者もこんなことを思ったんだ、とよくいうし、それがベストセラーだと悩んでいるのは自分だけじゃないと思う、という。

わたしもそう思う。全く同じじゃなくても一人じゃない気がする。本屋に行くと、その、一人じゃないんだという気持ちが可視化されたような気になる、なんとなく、ここは安心、と思える一つのシェルターのような気がする

 

シェルターにしては、営業時間があるのが辛いなと思う。本屋で本に殺されるならわたしはある程度幸せだろうなと思う。それぐらい本屋が好きだし、本屋で寝泊まりしたい。

大阪なら、茶屋町丸善ジュンク堂はよくできた作りだなと思う

ルクアにあった三省堂書店も好きだったのだけど、蔦屋書店に取って代わられてから、ルクアにはいってない。あそこには仲間がいないから。

 

本屋を歩いてると泣いてしまうことが多々ある

似たような人を見かけたり似たような本を見かけたり似たような漫画を見かけたりするとすぐ泣いてしまう。

 

立ち読みの5ページで大泣きしながらレジに来る客の接客なんか嫌だろうなと思うのでグッと堪える。

 

とにかくゆるされたいし、ここ最近はずっと祈っている

いわゆる名の通った宗教をなにか信仰しているわけではないので、神様、と問いかけるだけだけど、電車や仕事場のトイレとか、それこそ本屋でも祈ることは多い

神様、わたしは幸せになれますか、どうしたら愛されますか

 

まあ、本屋と書いているのだけど、わたしは活字はそこまで得意ではない。漫画を読むほうが多かった。目立たなくてクラスから浮いてしまったり、親がおかしいからおかしいことするしかない子がクラスや街中ですれ違った派手な同級生や、引っ越してきた隣の謎の男の人、に救われる話が好きだし、今も読んでしまう。

許されたいし、あわよくばそうなりたい。誰かに助けてほしい。

 

母にひどく殴られた時に、自分の部屋でとにかく泣き止もうと耐えていたら、親のいる部屋から笑い声が聞こえて、余計に泣いた覚えがある

ああ、この人はわたしのことを腹が立つから殴って、わたしが泣いているのを紛らわすのにバラエティを見れるのかと思ってわんわん泣いた。実際声に出したら声が出なくなるまで殴られるからこっそり泣いた

 

いつになったらわたしは愛されるのだろうと思うし、わたしはゆるされるのだろうと思う

 

そういえば自殺をしようとした日に、ヴァレヴァンに寄ったのを思い出した。最後に救いのある漫画を読みたいなと思って、阪急電車の園田の電車のホームで読んだ。やっぱり本屋は救いなんだなと思う。

ちなみに、園田駅は各停しか止まらない上に、特急や快速がバンバン通り過ぎる。結局死ねなくてどうしていいかわからずに警察署に駆け込んだ。

警察署のおじさんが迎えにきた母と面会した時に「もう許してあげてください」とお願いしたのを聞いて、許されてないのかと思った。

 

昔色んな男の人と寝てる時に、この人もわたしを許してくれないんだなあと思ったし、セックスしてる時にお母さんと呼んでしまったことがある。呼ばれた相手はひどく驚いて、パニックで泣き続けるわたしをあやしてくれたし、帰り際にラインをくれたし、明らかに心配をされていたな、と思うけどどんな顔をして、どんな気持ちで相手と接すればいいかわからなくて、ブロックしてしまった。

許されたいが行き詰まるとこういうことになるのかと思ったし、結局こんなことになってもわたしを許してくれる?という親への確認なんだろうな、と思うとまた辛くなってしまった。

 

赦されたいってどんな感情なんだと思って調べたら、「許す」のウェブ辞書が面白くて、ああ、まるでわたしだなあと思ったのでやっぱり赦されたいんだと思う

 

彼氏の作り方、みたいな雑誌の特集を本屋で眺め続けるのも母に赦されなかったのを誰かで埋めたい一心なんだろう

本が好きというのも本好きの母に赦されたい一心なんだろう

赦されたい

赦されて大丈夫になりたい

 

大丈夫になれないなら大丈夫のままじゃなくていいから突然窓ガラスをかち割ってわたしを誰か助けに来てくれと思う

なんか強盗がかわいそうだから連れ去るみたいな漫画を読んだことあるけど、結局叩かれてしまうんだなと思ったことだけは覚えている

 

赦されたい 大丈夫になりたい

こういう寒くなり始める時期はダメですね、精神が弱くなる